私が体験した葬儀や見学で、最終的に思うことは仮に仏式葬儀であればどこの葬儀社に任せても、その施行の技量に多少の差はあっても、セレモニーの内容や流れに大差はなく、むしろ通夜式や告別式以外の時間を演出してくれるための空間(式場設備)に、後悔しないお別れの方法の大きなポイントだと思います。そのためには葬儀を行う場所がどこかを先に決めることが大事なことではないでしょうか。
文京区の場合、独自の葬祭会館を持っている葬儀社は殆どないようで、多くは区民斎場、最寄の火葬場併設民間斎場、寺院会館で執り行われているのが多いようです。そんな中、隣接区に目を向ければ、さほど遠くない場所に、興味深い気になる式場があることに気づきました。それは葬儀社の葬祭会館ですが、家族葬向けに趣向を凝らした新しいスタイルの式場もありました。
1、火葬場併設の最寄斎場(民間)
| 町屋斎場(荒川区) | ¥236,775 (火葬料金は別) |
| 落合斎場(新宿区) | ¥236,775 (火葬料金は別) |
2、区民斎場(文京区借上げ)
| 興善寺会館(西片) | ¥90,000 |
3、寺院会館(文京区内)
| 寂円寺(白山) | ¥250,000~ |
| 法真寺会館(本郷) | ¥300,000 |
| 養源寺白華会館(千駄木) | ¥210,000 |
| 徳雲寺妙峰会館(小日向) | ¥250,000 |
| 天然寺(本駒込) | ¥250,000 |
| 真珠院月かげ会館(小石川) | ¥100,000~ |
| 定泉寺(本駒込) | ¥250,00 |
4、周辺の気になる葬儀社の自社会館
| 葬祭館スペースアデュー (台東区) |
¥147,000~ |
ここで私が気になる式場、特に家族葬向きの式場を紹介します。
たまたまネット検索で、「家族葬 文京区 台東区」のキーワード検索でアクセスしたページが、運命の出会いとなる式場になりました。
それまで見てきた式場は寺院会館であれ、火葬場併設斎場であれ、区民斎場であれ、会館の間取りに大きな差(特徴)はなく、規模・築年数と多少の内装の違いこそあれ、施設に優劣をつけるものでは無い範囲でした。しかしここでお話したい式場には、それまでの葬儀場の私のイメージを一掃する程のインパクトあるものでした。それまで漠然としていた自分の求める葬儀が、この式場を見学したと同時に、はっきりと見えてきたように覚えたことを今でも忘れません。
その会館の名を「葬祭館スペースアデュー」といい、「スペース」は空間という意の英語、「アデュー」はフランス語の「さよなら」というネーミングも洒落た会館です。 昭和通りに面した建物自体はオフィスビルのようで、差ほどパッとしない外観ですが、1Fフロントから6階の事務所を除く、各フロアは目を見張るほどの式場とそれに隣接したダイニング・キッチン・寝室(ベッドルーム・バスルーム・化粧室)に会食スペースがまるでホテルのVIPルームのように続いており、ひとつのフロアで全てが完結するような間取りの広いフロアになっています。こういったフロアが和洋3フロアあり、人数や趣向に合わせ選択できるようになっています。
ユーザーはこのいずれかのフロアを通常2日間占有する形で、仏式葬儀の場合の通夜当日から告別式、出棺、火葬後に初七日法要、精進落しに至る一連の流れをこのスペースを利用して執り行うことになります。ここまで述べてもただ豪華な設備の式場では?としか想像されないかも知れませんが、内装がそれほどゴーシャスな訳ではなく、むしろシンプルにも思えるのですが、ここには家族葬というコンセプトを最大限に発揮できる空間があり、式場や他のスペースの間取りは、あたかも自宅で葬儀を執り行う雰囲気をかもし出したような実にアットホームな空間作りがなされています。
多くの式場のようにただ単にセレモニーと食事をするだけのスペースではなく、むしろそれ以外の時間を家族が故人とどのように向き合い、過ごすか?遺された家族・親族が、故人の想い出を語り合ったりする時間を持てるように工夫してあるように感じました。
寝室や浴室などホテルの施設にしか見えないところも、単なる利便性だけを追求したものではなく、深夜まで家族・親族が膝を付き合わせて、夜とぎをすることができるように、館内に大勢が泊まれるように宿泊設備が完備されているのだと説明を受けた。
「夜とぎ」という言葉も、この会館の葬儀社で改めて知ることになる。小学生の頃、父の田舎の実家で祖父の葬儀に参列したことを、子供心に微かに記憶している。大勢の親戚が集って深夜遅くまで祖父の話題で酒を酌み交わす傍ら、父の膝で心地よく居眠りしていたのを、親戚の叔父叔母の優しい顔と共に覚えている。あの時の、あの時間が「夜とぎ」であったことを今更ながら知ったしだいです・・・・。子供心に何となくほのかで団欒の時のようなゆったりとした時間が流れていた・・・そんなフィーリングでしかないが。 とにかくここには、あのときのゆったりとした時間の流れがあるように思えてならなかった。実になつかしい田舎に帰ったような空間と時間が・・・・。